夢枕に立った神
dream message
浮島神社の創建は、平安時代の長保三年(1001)。 領主であった井王家三代目井王三郎直久に熊野神の啓示がおりました。「屋敷の北を掘れ!」と。直ちに実行。すると黄金色の兜が出現。神に感謝すると、まわりの湿地帯から水がひき、兜からはおびただしい量の水が溢れ出し、神ノ池ができました。土地から水気が引いたおかげで農作物に適した田畑になり人々は喜びました。
そこで神社を祀り「浮島熊野坐神社」と名づけ三郎さんは初代神主となりました。以来千年、令和の御代で42代目となり、「井王家」は神主として、連綿とご奉仕続けております。
一族が千年以上守り続けてきた特別な癒しろ池。大切にしております。
また三郎さんが亡くなったあと、その功績を称え彼は神となり「井王三郎神社」に祀られてもいます。
※このページトップの画像が井王三郎神社です。
いざなぎ・いざなみのみこと
夫婦神
夫婦神
阿蘇の山々に降り注いだ雨が数十年の歳月を経て、台地の端より清らかな伏流水として噴き出す「生命の源」に当神社は鎮座しております。 「井寺古墳」という装飾古墳のあるこの地、人々の暮らしを潤してきたこの地で、日本最初に夫婦となられた伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)をお祀りし、一千有余年の間、夫婦の守護神として篤く信仰されています。
神が結ぶ、生命の絆
主祭神である二柱の神様は、日本という国を産み成された、日本最初の夫婦神です。 阿蘇の山から運ばれた水がここで地上に現れ、大地を潤すように、新しい命がこの世に生まれ出る「安産」や、大切な人との「縁」を育む社として、県内外から多くの方が参拝に訪れます。千年の森と、絶えることのない湧水が、皆様の結んだ絆を末永く見守り続けています。
浮島熊野坐に刻まれた「三」の聖性と、生命の連鎖
聖地・熊野を写す「産霊(むすび)」の三島
当神社の境内、澄み渡る「神ノ池」の静寂の中に、寄り添うように浮かぶ三つの小島。これは単なる庭園の景色ではなく、当神社の正式名称**「浮島熊野坐(うきしまくまのにます)」**の紀州・熊野三山(本宮・新宮・那智)の見立てかもしれません。
また鎌倉・鶴岡八幡宮の源氏池が「三(産)」の島を築き、子孫繁栄と安産を願ったように、当神社の三島もまた、新しい命がこの世に生まれ出ようとする力強い「誕生の息吹(安産)」への願いの現れです。
古来、日本人はこの「三」という数字に、万物を生み出し育む根源的なエネルギー**「産霊(むすび)」**を見てきました「むすび」は「結び」。万物の生成と育成のこと。現代の縁結びにもつながっています。
創建の祖「三郎」から四十二代へ繋ぐバトン
この「三」の御縁は、神社の創建にまで遡ります。平安の昔、神の啓示を受け、この地に神ノ池を拓いた創建の祖・井王三郎直久(いおう さぶろう なおひさ)。その御名に刻まれた「三」の数字でもあります。
「井王三郎直久」から始まった浮島神社。それから一千有余年、一度も絶えることなく四十二代にわたって受け継がれてきました。これほどまでに長く、着実に命が繋がれてきた事実は、当神社が「生々発展(せいせいはってん)」の神域であることを何よりも雄弁に物語っています。親から子へ、そして孫へ。三本の島が寄り添う姿は、まさに私たちが受け継いできた血脈と、家族の絆そのものなのです。
蘇りの湧水と、未来を拓く不沈の誓い
阿蘇の伏流水が日々十三万トンも湧き出るこの地は、古くより「蘇り」の聖域として崇められてきたのではないでしょうか。熊野信仰において「水」は魂を浄化し、新しく生まれ変わらせる力を持つとされます。
清らかな水に囲まれ、どんな大雨にも沈むことなく浮かび続ける三つの島を含む浮島神社。その姿は、これから私たちにとって、困難に負けず、健やかに、そしてしなやかに未来を切り拓いていく「不沈の象徴」でもあります。
不沈の象徴「浮島さん」
社殿の周囲には、透明な水が溢れる「神ノ池」が広がっています。 どんな大雨や洪水に見舞われようとも、社殿が水に沈むことなく、あたかも水面に浮かんでいるかのように見えたことから、人々は親しみを込めて「浮島さん」と呼び、敬ってきました。この「決して沈まない」という姿は、現代においても「どん底から浮き上がる」「困難に負けない」不沈の御神徳として、あらゆる難局に立ち向かう方々の心の支えとなっています。
▶︎ 【映像で見る】空から見た浮島神社の全景と蒸気霧(RKKテレビ「ソラクマ」)